■「建築計画学」について

(吉武 泰水著 「建築計画の研究」より抜粋)


 建築的施設の設計計画にあたって、使われ方に対する考慮がなされていないものはほとんどないが、その使われ方がどのような方法でどの程度まで設計計画に組み入れられているかといえば、建物により 設計者によりきわめてまちまちであるというほかはない。ある場合には使われ方の大筋があまりにも模型的に捉えられ、ある場合には反対に瑣末的な使われ方がアンバランスに誇張されることも少なくない。 前者は造形性が強調される一回的な建築に多く、後者は個人的色彩の濃い建物で施主が考える限りの使用に対する注文に基づき、あるいはせいぜい設計者のかたよりがちな経験や嗜好が加えられるような 建物に往々みられることであって、設計が施主、設計者、施工業者の3者の間を出ない限り設計者は使われ方に立ち入った分析を加える余裕、というより必要がなかったのである。
 しかし最近に至って集団住宅やその共同施設あるいは小・中学校など公衆の日常生活に直結した諸建築が大規模に建設されるようになり、建築技術者の重要な設計対象となってきつつある。これらの 建築施設には注文主というものがはっきりした形で存せず、これを日々使用する公衆が注文主に代わってくる。したがって建築施設に対する公衆の要求を基礎として設計計画が進められなければ ならない。しかし、かかる要求はなかなか具体的な形には現われておらず、また使用者自身にも必ずしも顕在的意識として捉えられていない。このことはことに公共施設など公衆が集団的に使用する 建築施設において著しい。それゆえ、このようなかくれた要求が、現在の建築施設に規制されつつではあるが、具体的現象として現われている現実の使われ方に注目し、この使われ方を通して公衆の 使用における要求を探り、また種々の使用方式に対応する一連の空間構成や空間自体に内在する相互制約関係を求め、これを計画の基礎となすべきである。さらにこのような科学的方法によって 探求された要求や法則性は、設計が現実にどのように行なわれ、設計者はどんな考えをもっているかといった設計の実際に即して、適用しやすい形にまとめられることが必要であろう。


〜(中略)〜


 建築的施設の設計計画には、最近しだいに使われ方に対する考慮が払われるようになり、施設を使う多くの人々(以下使用者と呼ぶ)の要求は施主の要求以上に重くみられるようになってきつつある。 特に集団住宅やその共同施設、小・中学校など公衆が主となって使う建築施設では、使用に際しての公衆の要求や要求の動きに基づいて計画を進めることが当然とされるようになってきている。 また、上にあげた建築施設は公衆の日常生活に関係が深く、繰返し建設されるから、機能と空間との間に存在する法則的な関係(以下法則性と呼ぶ)は資料としてあとあとの設計にまで役立つはずである。 しかし目下のところこのような要求や、法則性に関する知識や資料の集積は比較的乏しく、それを客観的に捉える方法すら確立されていない。
 そこでこれら計画の基礎資料をいかにして求めるかが問題になるが、一般に使用者の要求は具体的な形では現われていないばかりではなく、使用者自身にも必ずしも顕在的意識として捉えられておらず、 したがってこのようなかくれた要求が、現在の建築施設に規制されつつではあるが、具体的現象として現われている現実の使われ方に着目し、これを通して公衆の使用における要求を探し求めるほかはない。 ところが、最後のよりどころとしている建築施設の使用においては、種々の要因が複雑なバランスをもって現われているので、現象の分析によって因果の関連を解きほぐし、その間にある使用者の要求と法則性とを 見いだすことはなかなか困難なのである。
 そこで筆者は、出発点を具体的な使われ方の観察におき、実例も典型的なものをむしろ数少なく選んで精密な調査を行ない、計画条件の全体的関連やバランスをなるべくくずさずに捉え、精密な分析や考察を 加えることによって因果の連鎖を正しく捉え、使用者の要求を知るとともに代表的な使用方式に対応した一連の空間構成や機能空間の相互制約関係などの法則性を見いだそうと努めた。